つい物事を否定的に解釈してしまうことのメカニズムについて

物事の解釈において、つい、否定的に考えてしまう、ことありませんか?できれば、そこからは脱したい、と思いますよね。それを考える前提として、どうして否定的に考えてしまうのか、ということを少し考えてみます。

肯定的な解釈と否定的な解釈、前者は自分に都合よく希望をもってものごとを考えることで、後者は自分にとってマイナスな方に物事を考えることです。

例えば、事実として、友人にご飯に行こう、と誘っても返事がこない、という場合を考えてみましょう。肯定的に考えれば、お誘いに答えるべく日程を調整しているから返事が来ないんだ、ということになるでしょう。逆に否定的に考えれば、「あー、気が乗らないから返事がこないんだな、、」と考えるわけです。

この場合、先方の本当の意図はわからないのですが、自分が先方の意図をどう考えるか、というのが、解釈ということになります。

まず、一番はその人の性格による、というところが多いです。やっぱり、肯定的にものごとを解釈する人と、否定的にものごとを解釈する人の二通りのパターンに分かれます。

ただ、解釈の方向性は、分野によって変わってくる、ということを理解しておいてもいいでしょう。ある人は、仕事については肯定的に解釈する傾向はあるが、健康状態についてはやたらと気にしてしまう、ということありますよね。

もう一つは、過去の経験が自分の解釈に影響を与えていると。以前、ついていた仕事の折に、先方にとって都合が悪いことについてはなかなか返事が返ってこず、督促していた覚えがあります。こういう経験があると、返事が返ってこない=先方にとって都合が悪い、と解釈しがちになりますよね。

で、もう一つは、自分の持っている感情を押し込めた場合、その感情が解釈に悪影響を与える、ということです。その面白くない感情を持っている自分が嫌で、その感情を押し殺してしまう。そうすると、その抑えた感情が思考に悪影響を与え否定的な解釈を導くということ、あります。

ということで、否定的な解釈をついしてしまう、ということの要因を考えてみました。それは、性格、経験、感情の3つがキーとなります。次に否定的な解釈とどう付き合うのか、考えてみたいと思います。

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