有名な夏目漱石の小説に「理に棹せば角が立ち、情に棹せば流される。」ということがあります。どちらをとるか、悩ましいこと、多いですよね。個人的には理に棹すべき、と考えます。これについて考えてみました。
結局のところ、理屈が通らない話、というのは、多くの人に対して説得力を持たないものです。情を重んじ、それに基づいた処理をした場合だと、どうしても正論を吐く人が現れたときに、対応することが難しくなります。やっぱり、まずは理屈を通し、ある程度の理屈の裏打ちを作る、ということが必要となります。
その一方で、正論は時として人を傷つけることがあります。そこで、傷ついてしまった人については、情をもってケアすることが必要となります。そのことにより、理による傷を完全にリカバーするまではいかずとも、ある程度フォローすることができます。つまり、順序としては、理を通してから情によりフォローする、となるでしょう。
具体的には、人を評価することがあります。人の評価、難しいところですが、まずは会社の基準なり自分の基準なりでできるかぎり公正かつ客観的に評価を行うべきです。その人との人間関係は通常加味すべきではないでしょう。そこで、いい評価を出せる場合はいいのですが、時には厳しい評価を下さなくてはならないこともあります。そんなときには、情を持ってフォローすることが必要となります。