裸の王様、昔話にあります。結局、裸で歩いていても誰もそのことを教えてくれなくて、最後に子供が「王様は裸だー。」と叫ばれることにより、自分が裸であることを気付く話です。ここでは、裸であることを気付かなくなってしまうメカニズムとその対処方法を考えてみます。
まず、人は裸であることを教えてくれません。つまり、「この人のこういうところが嫌だな~。」と思っても、波風を立てるのが嫌でなかなか教えてくれません。夫婦とか親友とか、仲のいい人であれば別ですが、そうでなければ、あえて波風を立てまで注意はしないですよね。そうすると、その人は自分の状態というのを正確に把握できず、結局そのままになってしまいます。特に、社会的に地位が高くなればなるほど、そうなってしまう傾向があるようです。
また、言われてもなかなか受け入れられない、ということもあるでしょう。折角、意見をいただいてもなかなか素直になれないのが人間です。忠言耳を逆らう、ということでしょうか。
とまれ、なかなか、自分の行いをただす機会はできず、結果的に、裸の王様になってしまいがちです。
こうならないためにどうするか。まずは、相手は自分に不満があっても言ってはくれない、ということを認識すべきです。それをふまえて、常に自分が裸でないかどうかというのを考える必要があります。それとともに、意見を言ってくれたら、いったんは受け止めてみる、ということも大切でしょう。
最後に、この稿の趣旨とは若干離れるかもしれませんが、自分を通すべきところ、自分の信念に基づくところ、は、あまり人のことを考えず、時として裸でかけまわることも必要でしょう。ただ、その時は、自分は裸なんだな~、と認識することは必要です。