権力を持つ、愚か者とどう対峙するか

遠くを見れば政治家であり、近くを見れば、取引先、とか、上司とか、そういった人たちの中には、正直、いかがなものか、、と、自分もそう感じるし、周りの人もそう見るような人、やっぱり一定数はいます。そういう人とどう付き合うか考えてみました。

権力、というものは、ある意味刃物のようなもので、上手に使うと自分にとってもその周囲にとっても非常に有益で、物事の達成を助けてくれます。逆に、自分のために使ったり、使い方を誤ったりしたら、その人にとっては良くても、周りの人は大変な目に遭ってしまいます。つまり、愚か者が権力を持つということは、狂人が刃物を振り回して暴れているのと同じようなことになります。

実際に、自分の近くにでそういう人がいたらどうするか。一番は、回避することです。刃物を振り回している人がいれば当然、そこからは離れる。それと同じように権力を振りかざしている人の近くからは離れることができれば離れた方がいいのです。

それができたら苦労しないよ、ということです。時として逃げられないことを前提に対応方法を考えてみることも必要です。

一つ目は、とりいることです。つまり、権力者に媚を売り、観心を買う。そうやって、権力者を味方につけて、自分を有利な立場に持っていく。そうやって、自分の力を蓄えて、有利な状況を作る、ということがあります。これは、うまくいくと自分の立場は極めて強力になります。

ただし、これは諸刃の剣であって問題もあります。周りの人からの反感を買うこともあり、特に権力者が失脚したときには自分自身の身も危うくなります。また、何かのおりに権力者から反感を買うとそのじてんで自分の力を失ってしまうことにもなりかねません。つまり、取り入ることにより発生するリスクをきちんとマネジメントする、ということが大切なのです。

2つ目は従う、です。取り入る、というのは、万人にとってできることではありません。愚か者に取り入る、ということは、自尊心がマイナスになるし、周囲からの信任は失ってしまうことになるからです。ただ、権力者に立ち向かう、ということは、マイナスも多いことは事実です。権力者とはことを構えず、でも、直接的な攻撃対象とはならない、時としては上手いことを言ったりしたりということもする、という立ち位置にうまく持っていく。そして、やがて権力者が力を失うのを待つ、というのが、従うという戦略です。

反対に、戦う、という選択肢を取ることもあり得ます。ただ、権力を持った人に立ち向かうというのは相当の負担があります。それができれば苦労しないわけで、イバラの道を進むことになるでしょう。なので、まずはその覚悟をする、ということです。また、自分にとってのメリットや意義を明確にすることも必要です。意義というのは、金銭的社会的意義だけではなく、価値観や正義といったものも含まれます。また、短期で勝利する、ということはほぼ不可能であり、長期的に取り組む課題ではあるわけです。一発逆転を狙うのではなく、時間をかけて苦しくてもそれに耐えて、やがて、勝利まで持っていく。また、感情ではなく勘定で戦う、ということも必要だと思います。

ということで、権力を持った愚か者、どう対峙するか考えてみました。こういう状況は厄介ではあるものの、不可避なこともあるので、うまく対処できるようにしたいものです。

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