前回は禍福あざなえること縄の如し、という中で、うまくいかないときにどう対応するか、、ということを考えてきました。今回は、よかった時のことを考えてみます。
大切なことはやっぱり平常心です。ものごとがうまくいっているとき、というのは、調子にのりがちです。そうすると、周りの人に対する言動や態度も思い上がったものになってきます。ですが、それはずっと続くわけではなく、どこかで減速する、躓く、ということもあります。まあ、これもことわざでいう、「高転びにあおのけにころばれ候ずる」ということになってしまいます。これを防ぐには平常心です。
平常心と同じで、このことは長くは続かない、、という考えることが大切です。どこかで流れが変わり、うまくいかなくなることがある、とう想定しておくわけです。もっと、深くいえば、状況が悪化することに備えておく、ということが大切になるでしょう。具体的な脅威や先行きが見えれば、具体的な備えができます。そうでなくても、お金や知識を獲得し、人脈を構築しておく、あとは、心の準備をしておく、そうすると不測の事態にも備えやすくはなります。
あとは、うまくいっていることをできる限り人に見せない、ということです。これは人間の本性として、うまくいっていると、つい、それをアピールしてしまいます。これが承認欲求というものです。そうすると、うまくいっている人間におこぼれを預かる、とか、そこから金品をとろうとか、そういう人が集まりやすくなります。まあ、はちみつに蟻がむらがるような感じでしょうか。そういう人たちに囲まれて、甘言にのり、ついつい、財布の紐が緩くなり、自分にとってマイナスとなってしまいます。
もちろん、承認欲求を我慢するのは難しいところもありますし、時としてうまくいっていることを見せたほうがいい、という場合もあるでしょう。ここで大切なことは、感情のおもむくまま、アピールするのではなく、自分をよく見せることのメリットデメリットを考えたうえで、見せれる部分を見せる、というのがいいかな、、と考えます。ようするに感情ではなく勘定で考えることが大切、、、というわけです。
ここまで、人生で悪いことがおきたとき、いいことがおきたときのことを考えてきました。その中で、ポイントとなるのが、平常心。人間の本姓として、うまくいけば調子にのるり、わるいと落ち込んでしまいます。それは仕方がないといえば仕方がないのですが、調子にのりすぎる、落ち込みすぎる、そのこと自体が悪い状況を招いてしまいます。できる限り、理性のちからで、平常心を保ち、調子のいいときはそれをおさえ(謙虚に)、逆に調子を落としたときこそ自尊心高く自分を鼓舞する、ということがたいせつなのかなと。